2日後。ニュースサイトのトップには、達也の名が大きく載っていた。
「一流企業のエリート社員が投身自殺」
多忙によるうつ状態。過労死ラインを超える残業。精神的な不調。
まるでテンプレのように並べられた言葉に、霧島は憤りを覚えた。
違う。
達也の目は、死に場所を探している目ではなかった。
あの黒いノートを託されたとき、彼は必死に何かを伝えようとしていた。
机の引き出しからノートを取り出す。ページをめくるたびに、奇妙な違和感が増していく。
──6月14日
記憶が消されている。彼らは知っている。霧島も関係している? でも信じたい。信じたいのに、顔が思い出せない。
──6月25日
「あの部屋」には入るな。絶対にだ。あの壁を見たら……何かが戻ってくる。記憶か、それとも狂気か。
──7月2日
鏡の中の自分が笑っていた。俺じゃない。あれは俺じゃない。俺の中に、誰かがいる。
それはまるで、統合失調症の症状記録のようだった。幻覚、妄想、被害意識……
だが、霧島の医師としての直感が囁いていた。
これは病ではない。もっと“意図された何か”だ。
しかも、一つだけ明らかな事実がある。
この文字は、達也の筆跡ではない。
つまり──誰かが達也になりすましてノートを書いたか、
あるいは達也自身が、“もう一人の自分”になっていたのか。
その夜、霧島はひどく生々しい夢を見た。
鏡の中の自分が、狂ったように笑っている。
その顔には、自分ではない“何か”の面影があった。
「……俺が、殺した?」
目が覚めると、汗でシャツが濡れていた。
ベッドの脇には、なぜか封筒が落ちていた。
拾い上げると、血のような赤い染みが端に残っている。
中に入っていたのは、1枚の写真と、紙片が1枚。
写真には、霧島と達也が肩を組んで笑っている姿が写っていた。
古びたフィルム調、日付は「2018.06.12」。
だが、その背景。
壁に、赤いスプレーでこう書かれていた。
「これは事故ではない」
背筋が凍る。
この文字を見たのは、夢の中だけじゃなかった。
写真の右下には、“K”のサイン。誰だ?
もう1枚の紙片には、こうあった。
> 「彼はまだ終わっていない。
> 記憶が戻ったとき、すべてが始まる。
> 君が最初の鍵だ、霧島先生」
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