第2章「記憶の鍵」
鏡の中にいたのは、確かに自分……のはずだった。
けれど、その目は冷たく、どこか狂気じみていた。自分の顔なのに、自分じゃない。
霧島壮一郎は、その異様な視線に息を呑んだ。
──なぜ、笑っている?
鏡の中の“彼”は、微笑んでいた。口角を不自然に持ち上げ、まるで見下すように。
霧島が眉をひそめた瞬間、背後でガタン、と音が鳴った。
「……誰だ?」
声が震えていた。だが返事はない。
キッチンから音がした気がした。ゆっくりと歩み寄ると、冷蔵庫の扉が半開きになっていた。
そこに、何かが貼り付けられていた。
「Kへ。記憶はあと3つ残っている。残りは“医者の檻”にある」
K? 誰だ? 自分のことか?
“医者の檻”という言葉に、霧島は身を固くする。
──まさか、俺のことじゃないだろうな?
そのとき、スマホが震えた。非通知。
無言のまま通話が繋がり、そして聞こえてきたのは、男の低く掠れた声。
> 「霧島先生。ようこそ、記憶の世界へ」
> 「君がそれを解く頃、“彼”も目覚める」
> 「忘れるな、君はもう……観察されている」
ツー、ツー……
音声はそれだけで切れた。
翌日、霧島は診察室にこもっていた。
記憶、記憶、記憶──
繰り返し頭の中で反芻しながら、あのメモにあった言葉「医者の檻」について考えていた。
……医者の檻。
それは、比喩ではない。物理的な“場所”だ。そう考えたとき、ふと思い出す。
精神保護室。
かつて、霧島が研修医時代に勤めていた精神科病棟。重度の患者を隔離する、鍵のかかる部屋。
──あそこに、何かがある?
その施設、東日病院は現在も存在している。表向きは閉鎖病棟だが、裏では警察すら立ち入れない「特殊隔離区画」があると、医療関係者の間で噂されていた。
霧島はその日の診療を全てキャンセルし、かつての同僚・看護師の野本に連絡を取った。
「急ぎで会いたい。……東日のことだ」
電話越しの野本は、一瞬の沈黙のあとにこう言った。
「……覚えてるの? あの“302号室”のことを」
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